ものづくりの現場における効率的な工程管理に欠かせない「標準時間」。しかし、標準時間がどのように算出されているか不明確なまま使われ続けていたり、経験が浅いスタッフが感覚的に調整してしまうケースが少なくありません。こうした問題を避けるためには、標準時間の基本的な構成要素や、適切な設定方法を理解することが重要です。また、誤った設定が引き起こすムリやムダ、作業ミス(ポカミス)などのリスクについても触れていきます。
標準時間とは、作業を最適な方法と条件で実行する際に必要な時間を指します。これには、実際の作業に要する「作業時間」と、それを遂行するために必要な「余裕時間」が含まれています。
標準時間=作業時間+余裕時間
作業時間とは
平均的な熟練度を持つ作業者が、標準的な手順や方法、条件に基づいて作業を行う際に必要とされる時間を指します。
作業時間は以下のように分類されます。
段取り時間
作業の準備や片付けにかかる時間。例えば、必要な工具や材料を揃えたり、作業が完了した後の整理整頓などが含まれます。
正味時間
実際に作業手順に沿って作業を行う時間。この正味時間はさらに2つに分けられます。
1)主体作業時間
作業者が直接作業に従事する時間。たとえば、部品を組み立てたり、製品を加工する時間がこれに該当します。
2)付随作業時間
作業の進行に伴う待ち時間や、機械の操作、部品の検査や測定など、実作業に付随して必要となる時間です。
余裕時間とは
作業環境や人、機械の特性により、どうしても発生してしまう作業の遅延時間を指します。これは、業務の進行において避けることが難しい時間であり、認識しやすい作業時間と比べると、分析や最適化が難しい側面があります。以下に、余裕時間の分類を示します。
職場余裕時間
作業の進行に伴い、組織や管理体制によって生じる遅れの時間。例えば、必要な指示の伝達、材料や部品の到着待ちなどが含まれます。
作業余裕時間
作業中に発生する予期しない事象への対応時間。例えば、工具が摩耗した際の交換や、機械のトラブル対応など、不規則かつ偶発的に発生する遅れが該当します。
個人余裕時間
作業者の生理的・健康的な理由による遅れ。トイレ休憩や、暑い時に汗を拭く、水分補給など、個人の権益や健康を守るために必要な時間です。
疲労余裕時間
作業者の疲労を回復するために必要な休憩時間です。長時間の作業で疲労が蓄積した場合、適切な休息が必要となり、この時間が遅れとして考慮されます。
このように余裕時間は、ただの無駄な時間ではなく、作業者が効率的かつ安全に業務を遂行するために必要な時間です。組織において余裕時間を適切に理解し管理することは、作業の円滑な進行を支える重要な要素となります。
作業の性質によって異なる場合もありますが、全体の余裕時間の合計として、通常は10〜20%の余裕率が最適とされています。余裕率が20%を超えている場合は、作業効率が低下している可能性があり、10%未満の場合は、作業者や設備に過度の負担がかかっている可能性があります。これらのケースでは、各余裕時間の項目ごとに見直しを行い、改善点を特定して対策を講じることが推奨されます。
ただし、作業に必要な個人余裕時間や疲労余裕時間を無理に削減してしまうと、作業者に過度な負担がかかり、事故や不良品の発生、生産効率の低下といった問題が生じるリスクがあります。
また、作業者の健康を損なう原因にもなりかねないため、これらの削減は慎重に進める必要があります。
まずは、作業余裕時間や職場余裕時間といった、設備や管理体制に関連する部分を見直し、効率化を図ることで、人員への負担を軽減しつつ全体の余裕率を適切な水準まで引き下げることが可能です。このように段階的な改善を進めることで、作業の安全性と生産性を両立させることが重要です。
標準時間を設定するための手法
実際の作業時間を測定
実際の作業時間を測定することで、正味作業時間を明らかにする方法です。以下の2種類に大別されます。
直接観測法
この方法は、作業時間を現場で直接観察し、ビデオカメラやストップウォッチなどのツールを使って記録する方法です。
ただし、観測した時間をそのまま正味作業時間として採用することはできません。たとえば、観測対象となる作業者が
通常の作業速度より速く、1.3倍のスピードで作業を行っていた場合、そのままの時間を使うと誤差が生じます。
正確な作業時間を得るためには、普通の作業員の1.3倍で作業できる人を観測対象とした場合は、その観測結果を1.3で割り、
標準的な作業速度に調整する必要があります。
この調整プロセスを「レイティング」と呼びます。
ワークサンプリング法
統計的手法を活用して正味作業時間を見積もる方法です。
この手法では、ランダムに選んだ時刻における作業者や機械の動作や状態を複数回観察・記録します。
その結果として、各作業がどれだけの頻度で発生しているかが明らかになります。この頻度を基に統計的に分析することで、
総労働時間に占める各作業の割合を把握し、それに基づいて必要な作業時間を推定することが可能です。
論理的な作業時間を測定
計測したデータから、論理的に作業時間を求める方法です。PTS法・標準資料法・実績資料法の3つを見ていきましょう。
PTS法
PTS法(Predetermined Time Standard system)は、日本語で「既定時間標準法」です。
この方法では、作業を構成する個々の動作に必要な時間を予め定め、その動作を組み合わせることで、
作業全体の所要時間を算出します。代表的な手法として、以下の2つがあります。
WF法
手や腕、胴体などの動作における距離や作業の難易度を考慮して、動作に要する時間を計算します。
MTM法
「運ぶ」「掴む」といった具体的な動作を細かく記述し、それに対して事前に定められた標準時間を
適用して計算します。
標準資料法
作業を要素作業に分解し、それらにPTS法などで求めた作業時間を当てはめることで、元の作業の時間を特定します。
実績資料法
作業日報などの実績を基に作業時間を求めます。
標準時間とは、熟練度が標準の作業員が標準の作業手順・速さ・環境で作業した際に要する時間に、余裕時間を加えた合計のことです。標準時間を把握できれば、製造工程の計画や進捗管理などの工程管理が行いやすくなるでしょう。
しかし、管理者が論理的に設定した標準時間であっても、作業者にとっては監視や管理の手段と感じてしまうことが少なくありません。しかし、本来の標準時間は、現場における最適な作業時間の見積もりであるべきです。現状に適していない要素がある場合は、管理者と作業者が意見を交換し、共通認識のもとで改善していくことが重要です。
両者の認識のズレを解消すること自体が、標準時間の見直しに繋がるといえます。
作業に必要な人員や標準時間を正確に見積もるには、作業者、技術者、管理者の認識が一致するように慎重に進める必要があります。
例えば、機械や設備の更新による工程改善では、作業時間や余裕時間を繰り返し測定・設定するための工数は大きくなりますが、作業者の無理・無駄・ムラを減らし、ヒューマンエラーや生産効率の低下といった長期的な損失を避けるためには、これらの取り組みが不可欠です。