25歳の頃に入社して、あっという間に3年が過ぎたって感じです。
実は、「思っていた仕事と違ったら、他を探せばいいや・・」程度の軽い気持ちで入社したんですけどね。
物流系の派遣や短期バイトを経験して、取得したフォークの資格もあったので、もしここを辞めてもどこかで採用されるって軽く考えていたのも事実ですね(笑)。
最初に配属されたのは、マシンオペレーターでしたけど見たことも無いような機械に内心ビビりながら先輩の指導を受けてました。ちょっと特殊な環境だったので覚える事も多くて、それが逆に飽きないで済んだ理由だったのかな・・と今では思いますが、正直苦手な人もいるかも知れないとは思います。
だから、自分が後輩に教える時には休憩時間になると自分の失敗談を笑い話として交えながら話すようになってました。それに、実際には仕事に慣れさえすれば割とマイペースで楽なんです。この仕事(笑)。
適当に出来るってのとは意味が違いますけど、肉体的な負荷は無いし経験する中ではちょっとだけ技術的な知識も身についたりして、興味を持って仕事に向き合えたり。時々、J′s factory社内の講習で本社技術部の人と話して「なんでそんな事知ってるの?」なんて言われたりするのもほんの少しだけ優越感だったり(笑)。
自分の担当してる仕事は、日本が外国と競争できる電子材料の分野。
気が付けば、それまで考えたことも無かったような事にも興味を持つようになったりして、もっといろんな事を経験してみたいとも勧化たりしています。今は機械の操作が自分の役割ですが、将来的には後輩の指導・育成をメインにした役割や採用なんかに携わる仕事にもチャレンジしたいと思っています。
高校を卒業して2年位は親の内装業を手伝っていたんです。
特に大きくもなくこじんまりとはしてましたけど、それなりにお得意さんもあって仕事自体に不満はなかったですね。ただ、そのまま実家で働き続けるのも考えていなくて、次男だった事もあり割と自由にさせてもらい20歳の時に飲食業に転職・・・24歳の時にJ′s factoryの生産部門に入社。
正直、仕事は何でも良かったんです。前職の飲食店が閉店する事になって仕事を探している時にネットで見つけて、その時は寮のある正社員職を探していて、目に留まったからって言うのが一番の理由でした。他にも沢山の製造職募集は有りましたけど当時のウチの広告は「自動車メーカーになる!」とか書いて有ってちょっと変わった会社だなと・・・最近のj’sの広告ではあまり見なくなりましたど今も会社の方向は変わってないなぁと思います(笑)。
工具を使った事はありましたが工場は初めて。本当なら大手の工場が良いのかも知れませんけど、途中入社で正社員の募集は殆ど無かったのと、その時の自分はまだ製造業で一生働きたいとか考えが固まっていなかったというのがありました。怒られちゃうかも知れませんが、目標は無くてもただ作業をするだけじゃなくて、自分がチャレンジしたいと思う事が見つけられそうな職場、色んな可能性のある職場ってないかな?とか考えている時にJ′sの求人を見つけたんですよね。
印象に残っているのは、同じ生産部門の同期や新人さんとの思い出ですかね。同期に同い年でT君という自動車整備の経験がある元メカニックがいて今は設備メンテを担当してます。入社した時には「機械のプロじゃん。嫌なのと同期になった」って思ってました。自分が未経験なのが余計に目立つって。ですが、最近嬉しい事もありました。
社内のリモート講習を受けている時にT君と一緒になったんです。終わってからそのまま残って少し話している時、先日T君の事業所から自分の工程に研修に来ていた新人さんの話題になりました。T君の事業所の人だとは知らなかったんですけど、自分が担当している工程で預かったんです。その彼が「研修先の工程リーダーの教え方が分かりやすかった」とかミーティングの時に話していたらしく、自分だと知ったT君からは「すっかり製造のプロだね」と少し揶揄われ、恥ずかしい気持ちの方が多くは有りましたけど同時に少しだけ自分に自信も持てました。そして、どうせなら本当にプロと呼ばれても恥ずかしくない、胸を張って受けとめられる、そんな風になりたいと今では思えるようになりました。